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今日は何の日 吉良町編

2月17日から19日までの3日間は、吉良町ゆかりの文化人の、メモリアルデーです。


17日は、詩人・茨木のり子の命日。2006年に亡くなりましたから、没後5年になります。
まず思い出される詩はやはり、「自分の感受性くらい」や、教科書にも載った「わたしが一番きれいだったとき」でしょうか。
いま再び、その作品が静かなブームを呼んでいるそうです。

父親は医師。その勤務先の大阪で生まれ、
お父さんが知り合いの山尾さんと西尾市で山尾病院を開業するにあたり、西尾市に転居します。
そして西尾小学校、西尾高等女学校(現・西尾高校)を卒業。

西尾高女在学中の16歳のとき、お父さんが吉良町吉田で宮崎医院を開業。
吉良町に移り住み、学校へは吉田の駅から電車に乗って西尾駅で降りて通ったそうです。


19日は、吉良町出身の作家・尾崎士郎の命日です。ちなみに、誕生日も2月で、こちらは5日。
35歳で連載を始めた自伝的小説「人生劇場」が出版されると、川端康成に激賞され、映画化・舞台化が相次ぎました。

昭和29年8月にも約1週間、映画「人生劇場 望郷編」のロケが幡豆郡一帯で行われ、
17日と18日には原作者の尾崎士郎も現地を訪れています。

当時は「三河吉田駅」と言った現在の名鉄西尾・蒲郡線 吉良吉田駅は、映画の中では「三州吉良港駅」。
尾崎も現地入りしたロケ当日、上から映画用の駅名看板をかけられた駅舎周辺の現場は、大変多くの地元の人びとで賑わいました。

その尾崎士郎が亡くなったのが、1964(昭和39)年の2月19日。
国はその前日に遡って2月18日付で、文化功労者を追贈しています。

名鉄吉良吉田駅 名鉄吉良吉田駅

余談ですが、尾崎士郎と聞いて個人的に思い出されるのが、作家の宇野千代の話。

彼女と親交のあった瀬戸内寂聴さんが書いておられますが、
その才能と美貌で数々の恋人がいた宇野千代に「どなたが一番お好きでしたか」と尋ねたところ、
即座に「尾崎士郎!」の応えが返ってきたとか。

二番目も三番目も尾崎士郎とのことで、
もちろん面識はないのですが、「あの宇野千代が・・・」と思うと、ちょっと溜息が出ます。

タイムマシーンがあったら、昭和39年8月18日の三河吉田駅に行って、こっそりご本人を見てみたいのですが。









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