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安藤孝三と練習生たち

強調文安藤孝三と練習生たち(知多市新舞子・昭和14年)げんぞうアーカイブス所蔵

安藤孝三と仲間たち

大正13年、新舞子で操縦士や機関士の養成と、軍払下げの機体の改造工事を始めた安藤飛行機研究所
その所長を務めたのが安藤孝三である。
安藤は民間航空路の開設や遊覧飛行にも力を入れ、全国各地で体験会などを開いて民間航空の普及に邁進した。

写真は安藤飛行機研究所の中島飛行機製「一三式練習機」の前で、練習生や教官らと記念撮影に写る安藤孝三である。
安藤といえば、白いあご髭がトレードマークといわれがち。
だが、それは晩年の姿で、撮影当時は、衆議院議員も務めており、精悍な姿に柔和な表情が、国会議員の貫録を感じさせる。
前列右から2人目が安藤孝三。

当時、安藤飛行機研究所では、航空局の委託で海軍の練習生過程を済ませた水上機操縦士たちが、
定期航空路線のパイロットをめざして、飛行訓練を続けていた。
そして、ここでの訓練を終えると、大日本航空輸送のパイロットになった。

ところが戦局が拡大すると、海軍は搭乗員不足を補うため、まずはこうした練習生から優先的に徴兵した。
日本の空に、民間航空を花開かせようと、始めた安藤飛行機研究所。
瞳を輝かせて大空に夢を抱いた若者たちが、戦地へと赴くことに、安藤自身、晩年複雑な気持ちだったと語っている。
ここに写る若者のなかにも、戦地で命を落とした者もいるに違いない。
その冥福を祈るとともに、平和の意味について考えたい。









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