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安藤飛行機研究所と一三式練習機

安藤飛行機研究所と一三式練習機(知多市新舞子・昭和13年)げんぞうアーカイブス所蔵

安藤飛行機研究所

新舞子海岸を低空飛行で飛ぶ一三式練習機(J-BIJL)である。
機体の背後屋根に「シンマイコ」と書かれた建物が、安藤飛行機研究所の格納庫。
右手前には、三朝館という料理旅館の離れが点在しているのが見える。
ここを利用する客は、新舞子海岸の景色を楽しむとともに、離着水を繰り返す水上機を眺め、非日常を満喫したという。

一三式練習機は、横須賀海軍工廠によって設計・試作が行われ、大正14年に正式採用された。
こうしたフロート付の水上機型と車輪を備えた陸上機型があり、
横廠のほか中島飛行機渡邉鉄工所(のちの九州飛行機)で100機ほどが生産された。
写真のJ-BIJL機は、中島飛行機製。

一三式練習機は、安藤飛行機研究所で操縦士養成に使われた主力機で、ここで技能を習得した者は、
航空会社や新聞社の航空部など、民間航空の世界へと巣立って行った。
ところが、戦時色が強まると、多くの若者たちが徴兵され、二度と戻ってこなかった者も多かった。

一方で、終戦まで生き延びた若者のなかには、戦後の民間航空再開で、再び大空へと戻った者もあった。
こうした卒業生のなかには、所長だった安藤孝三を、自分のフライトに招待して喜ばせたこともあったという。
中部国際空港「セントレア」の北に位置する新舞子海岸。
この地が中部地方の民間航空発祥地であったことは、のちにセントレアが建設されたことからも、
安藤孝三の先進性を証明している。









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