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一ツ木駅にあった中国風楼門

一ツ木駅にあった中国風楼門(刈谷市一ツ木町・昭和初期)げんぞうアーカイブス所蔵

一ツ木駅の楼門

名鉄の前身・愛知電気鉄道一ツ木駅が開業した大正12年当時に建てられた中国風の楼門である。
三河三弘法2番札所の西福寺最寄りの一ツ木駅。
改札口を出た参拝者を迎えたのがこの楼門でであった。

元々、待合所として造られたというこの建物。
毎月旧暦21日の弘法大師の月命日には、吹き抜けになった1階部分に茶釜が置かれ、参拝者に湯茶の接待が行われた。
太い12本の柱の上には、中央の尖った屋根を取り囲むように、4つの楼台が設けられている。
建物は赤色や金色、銀色といった中国風の彩色が施されていて、乗降客のみならず、愛電利用者の目を引いたという。

この姿は太平洋戦争終結直後まで見ることができたが、そのころには屋根の傷みが激しくなり、間もなく改築されたという。
このとき、建物は1階部分のみ減築され、中央の開口部はそのままに、
四隅の柱の部分に壁を建てた宝形造の寺院風に、大きく変貌。
それは地元の人でさえ、建て替えたと勘違いするほどだった。
その際、ガラス戸をはめた休憩スペースも用意され、厳寒期の参拝客には重宝がられたようである。
お寺の本堂のような形の休憩所。
地元の古老によると、今世紀を迎える数年から十数年前に、老朽化が著しくなり、姿を消したという。

写真には、待合所の下を抜けて西福寺へと急ぐ和服姿の女性や、着物で山高帽を被りステッキを持つ紳士の姿も見える。
弘法大師の月命日に、一ツ木駅前が多くの人で賑わっていたことを記録する貴重な一枚である。
ちなみに、弘法大師ゆかり寺院には、遣唐使の一員として中国に渡った空海をイメージして、中国風の建物が少なくない。
愛電一ツ木駅の待合所として建てられたこの楼門も、そんな発想から計画されたものに違いあるまい。
だが、残念ながらその詳細は、今となっては定かではない。










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